2011-11-19

夜寝る前、「何かお話しして!」と子どもは言う。

絵本や、絵のない本を読むこともあるけれど、ときどきはかんたんな作り話をする。

それらはほんの思いつきで、右から左へ流れていくような、話したそばから

言った本人は忘れてしまうようなお話なのだけど、

主人公がだいたい自分自身なものだから、

子どもは<次はどうなるの?>という顔で、わくわくしながら聞いているのがわかる。

その反応がおもしろくて、ときには変な、こわいキャラクターを登場させたり、

少々きたないようなエピソードもとりいれたり

からかいながら話は進むのだけれど、



松居直さんや斎藤惇夫さんの講演会を、むかし(ゆーきがまだ幼稚園のころ?)聞きにいったことがあって

今でも印象に残っているのが

・昔話はかならず「3回の繰り返しが登場する」。世界共通。

3びきのやぎのがらがらどん。3匹のこぶた。3回の繰り返しの行動があり、最後、話が飛躍して次の展開へ。

「わくわく」「まだまだ」を繰り返し経て、クライマックスへ。

・「行(ゆ)きて帰りし物語」。どこかへどんな過酷な旅に出ても、必ず最後はふるさとや母親などのもとに戻ってくる。

そうなることで、聞き手は安心してその物語と同化し、ほっとしてお話を聞くのを終えることができる。



などなど。


実際子どもの反応を見ながら話していると、それらのセオリーの効果がよくわかる。



・・・ひとつ、思い出して書いてみようかな。

ーーーーーーーーーーー

むかしむかしあるところに、○○ちゃんというかわいい女の子がいました。

さとちゃんはたいへんおなかがすいていましたので、何かたべたいなあと思っていました。

ふとまわりをみると、みかんがひとつありましたので、さとちゃんはそれを食べようと思いました。

でも、食べてしまったらそれでおしまいなので、たねをとって、おにわにうめることにしました。

たねは、3つとれました。

・・・


それから3本のみかんの木は大きくなり・・・


1本の木のみかんはたいへんすっぱいみかんで・・・

べつの1本のはあますぎ・・・

最後の1本のはちょうどいい。


ちょうどいいのは100個とれ、

村のいちばに売りにいきました。

みんな、とても喜んでくれました。



すっぱすぎるのと、あますぎるのは

どうしようか考えました。



いいことを思いつきました。

両方をあわせてジャムにするのです。




おおきななべで、コトコトと煮ました。



たいへんおいしいジャムになりました。


びんに詰めると、100個になりました。


やっぱり村のいちばに売りにいくと、

たいそうみんな、喜んでくれました・・・。



・・・・・・・・・


・・・・・