フランス旅行1993

1993年2~3月

大学3年生になる前の春休みに

大学の短期語学研修プログラムで

フランスへ行った。

場所は、フランスの北西部のブレストというところだ。

そこで3週間を過ごし、最後の1週間はパリを旅行した。

一緒に参加した仲間は、皆このプログラムに希望をして集まり、同じ大学でも学部や学科が違う、1~3年生の男女10名だった。

ブレストでは、ホストファミリーのお宅で過ごし、語学学校に通った。

私のホストファミリーは、休日に車で、ル・コンケというところの海を見せに連れて行ってくれた。

また、サン・マチューという古い教会の遺跡と、灯台にも連れて行ってくれた。

 

仲間とは、ブレストからの小旅行で、コンカルノーという古い港町を散策した。

ブルターニュ独特のおばあさんの民族衣装(人形)大きな帽子が特徴的

 

カンペール、ロクロナンも訪ねた。

カンペールは陶器で有名な街

ブルターニュ地方は、趣のある古い石の建物が多く、クレープが有名で、パリなどの都市とは違った歴史がある雰囲気を体感することができた。

ロクロナンのクレプリー(クレープ屋さん)

海に浮かぶ城ということで有名なモンサンミッシェルも訪れた。結婚式が行われているところに遭遇し、2人で通ると幸せになれるという石垣でできた入り口を通っていた。

パリでは、ルーブル美術館、凱旋門、ノートルダム寺院、ムーランルージュ、パンテオン、リュクサンブール庭園といった有名な観光地に行った。

シャンゼリゼ大通りにて、奥に凱旋門

ポンヌフ橋のほとりで

 

また、セーヌ川沿いを一日かけて1人で歩く計画も立てた。

カルチェラタンから、西に向かってエッフェル塔まで、朝からあちこち寄り道しながら歩いた。クリュニー博物館、ポンヌフ、オルセー美術館、ヴォージュ広場、ポンピドゥーセンター、フォーラム・デ・アールなどに立ち寄った。エッフェル塔に着いたのは夜で、あたりはすっかり暗くなっていたが、エッフェル塔の明かりが素敵だった。

ホテルは、ホテルフランチュールというところに泊まっていた。

飛行機は、当時はモスクワ経由でトランジットした。モスクワは、これが共産主義の名残かというような、殺風景で埃っぽい空港だった。

今は、東回りでグリーンランドの上空を通り、直通でフランスに行けるとのことだ。

ちなみに、帰りはシャルルドゴール空港から、イギリスのヒースロー空港で乗り継ぎ、成田に帰ったと記録している。

羽田は当時国内線だけだったし、イギリスで乗り継いだというのも今となっては昔話なのかな?

 

豪雨

2026年8月13日
夜7時頃、国道16号を
野田から柏方面へ走っていた。雨は強まっていった。
グーグルマップを見ていたが、柏インターのあたりから道路の表示が市内中心部を越えてその先まで真っ赤だった。
事故でもあったかと思ったが、まずは柏インターの渋滞はお盆や旅行で高速を乗り降りする多くの車のせいだろうと考えた。
グーグルの案内だと、国道を左折すれば10分早いなどと書いてある。
柏の葉の工業団地街を左折して県道で帰ろうと考えた。渋滞を逃れてスムーズに流れたのでほっとする。
しかしすぐにまた混み始めたので、みんながナビ通りに動いたからだと思い、よく知っている道だから県道も逸れて松葉町から北柏を抜けようと考える。
それでも次第に混んだけれど、まあまあ流れているのでこの道はいつも混むからだろうなどと考えていた。
そしてそのまま常磐線をくぐる前の信号を見ると、これまで見たことのない「通行止め」の大きな表示があり、警察官が立っている。暗いのでその先はよく見えない。ここが通行止めだと、右折は国道から降りてくる道で逆走になるので全員左折しかないからどうしようと思った。
仕方なく左折の流れに乗り、アンダーパスのあたりがよく見えたので目をやると、そこはすっかり冠水していて車が2~3台沈んでいるのがわかった。

ここで初めて事態の重大さに気付く。

ええっ!と焦り、どうやったら常磐線の向こう側へ行けるのか頭の中でシミュレーションする。
とりあえず交差する6号に入り、柏方面へ戻ろうとすると、さっきのアンダーパスの先に出られるはずの降り口もやはり通行止めになっていて警察官がいる。
そうか、ここを降りても低いからだなと思いやはり仕方なく通りすぎ、そうだ、次の信号で左折すればちょっと高い位置から降りられると考え、曲がって、常磐線をくぐる狭い道路を入る。
しかしその先にも警察官が通行止めのバーを置いていて、病院の駐車場でUターンをしなければならなかった。
もう一度、常磐線の北側に戻る。
私と同じように考えたと思われる車が入っていこうとしたので、窓に向かって大きく両手でバツを作って伝えた。わかってくれただろうか。

常磐線を越える旧水戸街道は、線路の上に橋梁があるから、ここでようやく北から南に越すことができた。
そして結局、渋滞の16号に舞い戻り、交差点を目の前にすることになる。
ここがまた運命の分かれ道で、左折して混んでいても再度16号に入ったほうがいいのか、直進して別ルートで帰ったほうがいいのか考える。
土地の低いところがその先にないか、脳内で素早くシミュレーションする。
刈込坂も大津川も心配だ。
が、一瞬の判断で、16号の混み具合を尻目にし直進することにした。

その先も、ところどころたまった水にタイヤをとられる恐怖を感じたが、なんとか無事に帰宅できた。

 

今回の経験で得た教訓を書いておく。


私はあのアンダーパスに沈む車を見るまで、本当に物事を軽く見ていた。
さらに、その後でさえ、あのあたりを降りないと向こう側へ行けないという思考にかられていた。

私はたまたますでに警察官がいる時間帯になってあのあたりを通ることになったので迂回を指示され、難を逃れた。
けれど、もう1時間早くあそこを走っていたら、前の車の走るままにアンダーパスに入ることになっただろう。

そして、浸水にあわて、バックもできず、前進もできず、にっちもさっちもいかなくなって車を乗り捨てることになるか、閉じ込められることになるかもしれない。

そんな状況を、恐怖をもって想像することになった。


大事なことは、もっと早くから危険を予測する思考回路を普段から持つようにしておくことだ。
また、どうしたら帰宅できるのかと焦るより、何がいちばん安全かと落ち着いて考えて行動することも重要だ。

 

結果として無事だったが、一歩違えば大きな被害に私も遭っていただろうと反省した。

 

2026/1/22 雪あられの日

今朝 雪あられ 降りました
日本海側が大雪予報と昨夜の報道
こちら太平洋側はどうなるかと思っていましたが
雪あられは 白いふわふわのつぶで
カチコチの氷あられではないのが
とてもきれいでかわいくて好き
上空で凍らず 過冷却状態の水滴に
落ちてくる間 雪がくっつくから あのような見た目になるのだとか
想像するとーーー 
 風のない しーんとした 真っ暗の上空
 誰かが わーっと大きな声を出したら
 カチーンと一瞬で凍るはずのつぶ
 けれどそこは 音のない 静ーかな空で
 均等な間隔に並ぶ 0℃以下の小さな冷たい
 水の液体のつぶが 行儀よく 
 はりつめた緊張感の中 
 わずかずつ大きさを増していって
 もうだめだ 落ちる 重力には逆らえず
 いっせいに
 微細な雪の結晶を 次々と身にまとい
 落下して地上にたどりつく
     ーーーっていうところかな。
今回はけっこう大量に降り積もっていて
朝でも0度以下でとけずにさらっとした手ざわり
そのまま車に乗せて柏市北部まで30分ほど走りましたが
まわりの車には雪あられが積もった車は少なく
柏南部のこのあたりだけ?との話題に
同じ市内でも 沼の南部で 森や田んぼや畑が残されていると 上空の天気まで変わるのかと
昼間の晴れであっという間にとけましたが
まだまだ冷気で寒い日が続くようです

2025クリスマス

ひょんなことから 映画曲になってるスカボロー・フェアーどんなのだったっけなとグーグルさんでかけはじめたら永遠にテイストの似ている曲が流れ続け
そんな中サンタの折り紙を折り続け
32こ フルーツバスケットならぬクリスマスバスケットをしたくて
赤のサンタの人 星のサンタの人 水玉の ピンクのサンタの人 とかのかけ声で
丸く並べたイスをとりあって座る姿を
想像すると楽しくて
折りながら 聴こえてくる歌の名前とアーティストを これもなんだっけなあ?と曲がかわるたびにメモしたくなって
70年代前後の ゆっくりとものがなしいメロディを奏でるフォークソングに感傷的になる週末の夕方でした。
どんなアルゴリズム?で選曲してくるのか、洋楽の中にときどき邦楽もおり混ざり
チューリップとか忌野清志郎だとか 
耳を飽きさせないグーグルさんはよいセンスなんでしょう。
ホワイル マイ ギター ジェントリー ウイープス ザ ビートルズ
ダスト インザ ワイルド   カンザス
ミセス ロビンソン  Simon&Garfunkel
ユー キャント ハリー ラブ  フィル コリンズ
リズム オブ ザ レイン  ザ キャスケイド
キリング ミー ソフトリー   ロベルタ フラック
ノッキン オン ヘブンズドア  Bob Dylan
デイ ドリーム ビリーバー 忌野清志郎
悲しくてやりきれない ザ フォーク クルセダーズ
wild world キャット スティーヴンス