2012-05-09

最近、竹内先生のご著書をオトナ借り。

きっかけといえば、

平清盛」のテーマソング

梁塵秘抄』の

<遊びをせんとや生まれけん

戯れせんとや生まれけん

遊ぶ子どもの声聞けば

我が身さえこそ揺るがるれ>。

これを毎週毎週、耳にするから、かもしれません。



私が学生だったころ、

先生は某S大(専修大学)の人文学科の先生でした。

その後「東大」の先生になられたということで、

すごい先生に教わっていたんだなーと思ったものですが、

卒業してからも、先生が担当されていた「NHKラジオ講座 高校倫理」

などを楽しみに聞いていたりして、とても好きな先生でした。


大学1年のとき、私は国文学科でしたが、

先生は一般教養の哲学を担当されていて、

(学生たちは、パンキョーのテツガク、とかと当時は言っていたっけ。)

週に1度ほどの、大教室で聞いた講義でしたが

私はたしかいつも前のほうに座って、(たぶん)まじめに聞いていた生徒でした。



「哲学」といえば、おそらくいろんな方面からアプローチできて、

とても幅の広い学問だと思われますが、

先生の授業は、日本語の言葉を分解して

そこから日本人の考え方を導き出そうとする手法で、

国文学科の学生だった私としては特に興味深いお話でした。


その後の著作のタイトルにも、

そのお考えは見てとれます。

日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)

日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)

「かなしみ」の哲学 日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)

「かなしみ」の哲学 日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)

「おのずから」と「みずから」―日本思想の基層

「おのずから」と「みずから」―日本思想の基層

日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門 (ちくま新書)

日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門 (ちくま新書)

「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書)

「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書)


なかでも、

「自」という漢字が

「みずから」(自分から)

「おのずから」(自然に)

という両方の意味を持つことに着目し、

一見正反対の意味を持つと思われるこのふたつの語が、

実は日本人の中で共存している、ということを

説かれている思想には

私にもとても考えさせられるものがあります。



自分が「自分から」何かをしようとしているとしても、

それは私以外の(以上の)「自然」が、何か背中を押しているような気がする。

あるいは、

「自然に」思わず自分が何かをしようとしたとしても、

そこには「自分」が主体的にそれをしようとしていたかもしれない部分もある。


自分の行動を振り返って、そう思うことがあります。



話は戻りますが、

「遊びをせんとや・・」に関しては

講義の中で

「人は、その瞬間瞬間を精一杯生きるために生まれてきた。

何か目的を定め(例えば受験とか)、

そのために今を犠牲にして、目的のために生きるのではなくして

今を生きることを目的に、生きるべきである」

という文脈の中で引き合いに出されていて、

子どもが遊ぶ時には、決してその先に目的を作って遊んでいるのではない、

遊んでいる、その瞬間瞬間を楽しんで生きているのだ。

<子どもは、遊びをしよう、たわむれをしよう、として生まれてきたのだろうか

そうやって遊んでいる子どもの声を聞くと、大人である私も

かつては子どもであって、そうやって生きていたんだなあと思い出し、

身が震える思いだ、

(今はいろいろなしがらみにしばられて、

瞬間瞬間を楽しんで生きることができなくなっている)>


そんなふうな解釈ができあがり、

そうやって私は理解した、ことを思い出す。

(違っていたらごめんなさい。)


例えば受験を例にして、先生が話されたくだりは

当時私にはとても印象深くて、

「目的のためには今をがまんしなさい」

というようなオトナがまわりに必然的に多かった中、

授業の中で確実的にそう言い放つ先生から、

強い衝撃を受けたことを、今でもよく覚えている。



先生は、戦後すぐ生まれの私の父とあまり変わらない年齢でありながら

当時はとてもお若い先生といった印象で、

何かちょっと上のお兄さん的なイメージがあり、

たしか背も高くすらりとしていて、メガネをかけていて面長でダンディ、

淡々と話されていて

とにかく毎週楽しみな講義のひとつでした。


そして、毎回毎回、講義のあとに

質問をしに行っている決まった女の子がひとり、いたのだったなあ。

私も何か質問をしてみたかったけど、そんな質問も思い浮かばず(笑)

あの子は先生と今日はどんな議論を繰り広げているのだろう、と

講義後には想像したものでした。



・・・なつかしい。


ちょっとしたことでいろいろ思い出す、

今日もまた過去を振り返った一日でした。(笑)