「浮世物語」による
今はむかし、ここかしこの中間・小者あまた一所に集まりて
おのれおのれが主君のあしき事どもを たがひに語り出だしてそしる。
その家の小者、わが主君のあしき事を語り出ださんと思ひて、
「これの御屋形ほどなはどこにもあるまい。
もはや人ではない」。畜生ぢやといはんとして、
うしろ方を見ければ、御屋形うしろに立ちておはしたるを見つけて、
「人ではない」といひ直して、「仏ぢや」と語りし。
まことにおかしき事ながら、ひとの後言(かげごと)をばすべていふまじき事なり。
孟子のいはく、「人の不善をいはば、まさに後の患(うれ)へをいかがすべき」
といへり。
隠してひそかにはかる事だにも、天の聞くこと雷(いかづち)のごとく、神(しん)の見る事稲光(いなびかり)のごとし。
※くすっと笑えて、かつ背筋がひやっとして、こうはならないようにしたいという教訓のある、なかなか含蓄のふかい古文。